ITにかけるお金は少なければ少ないほどよいのです

私がノーマークだった書籍を、アマゾンがまた教えてくれました。なかなか素敵なカバーとタイトルです。

ITにお金を使うのは、もうおやめなさい ハーバード・ビジネススクール・プレス ITにお金を使うのは、もうおやめなさい ハーバード・ビジネススクール・プレス
ニコラス・G・カー
ランダムハウス講談社 2005-04-07
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まるで未読な状態で言ってしまいますが、商売の本質はモデルでも組織構造でもITでもない、「どこからお金がやってくるのか」を忘れてはならない、ということをきっと言っていそうです。
ISO標準的な発想でいえば「経営戦略→それを実現するための情報化戦略→システム導入/ビジネスプロセスの改善」なんて感じのサイクルが想起されますが、そもそもの経営戦略が自分たちのお手前で策定されてしまっては意味がありませんし、ましてや、企業のIT投資度合いに顧客が価値を見出すわけはありません(もちろん、オリジナルなISOに立ち戻るとたいていはまともに指摘されているんですが、それを利用するITマーケなフェーズになるとだんだんゆがんでくる、っていう)。
これは今度の試験までに読んでみることにしましょう。
* * *
読み終わったので追記。
非常に簡単に言うと「キャズムを超えたITは伝播のスピードが非常に速いので、投資によって得られた優位性があっという間になくなってしまうから、IT投資には期待できない」という趣旨のようですね。ITベンダーが用意している、ソリューション展開シナリオやベストプラクティスの類にあまりなじみがない読者も対象だからなのでしょうが、前半はかなり冗長です。ITベンダーとユーザー企業の関係性、事業と投資とそこから得られるビジネスメリット、つまりどちらに主導権があるか、といったあたりを歴史的に振り返りつつお話は進んでいきます。

P.108

 ライバル企業が新しい技術の模倣に要する時間は、「技術のコピー・サイクル」と呼べるだろう。この概念は、企業戦略におけるIT関連投資の影響力を測るうえで、非常に重要な意味を持つ。そして、ITの歴史をたどれば、「技術のコピー・サイクルは時間とともに短くなる」という重要な真理が分かる。ハードウエアやソフトウエアでは、日々性能が向上し、価格が下がり続け、製品に関する知識が急速に広まる。それにつれて、ライバルが新しいシステムの能力や機能に追いつくまでに要する時間も、短縮の一途をたどる。そもそも、投資のリスクを考えれば、早い段階での技術への投資が本当に実を結ぶという見込みは小さい。さらに、コピー・サイクルが短くなれば、その見込みは時間の経過とともにますます小さくなる。今日では、ITに基づいた競争優位は、概してたいした意味を持たない。競争優位が生まれてから消えるまでの時間が、あまりにも短いからだ。

これは真理ですね。ベストプラクティスの消費期限はせいぜい数年。賞味期限ならもっと短いかも。永遠にユーザーから求められ続けるベストプラクティスと、永遠に提供し続けていく気満々のITベンダーによって、Win-Winで素敵な関係性が構築されていくのです!
なんてことはもちろんなくて、迅速なIT投資によって事業優位性を確立しているようにもみえるウォルマートやデルは、秀でたビジネスモデルとそれをかたくなに維持するある種のガメつさによってその成功を維持しているんであってIT投資じゃない、という指摘。

P.128

 ウォルマートとデルの息の長い成功を見れば、「事業戦略はもう死んだ」あるいは「死が近づいている」と考えることは間違いだと分かる。確かにこの二社は、ITを熟知したうえで、巧みに利用している。しかし、常にライバルを引き離して成長したり、収益を上げたりするという能力の源は戦略の安定性にある。戦術をすばやく変えられる敏捷性ではない。この二社が他社と大きく違うところは、業界で有利な地位を確立するばかりか、その地位を徹底的に守ろうとする姿勢である。デルは一度だけ、大きな失敗をしている。独自の戦略を変えて、小売業者経由で自社製品を販売しようとしたのだ。しかし、この企てが期待はずれに終わるや、同社はすぐに元のアプローチに戻した。ウォルマートもデルも、後先を考えずに新しいビジネスモデルに飛びついたりはしない。一つの戦略を頑固に守りながら、「変化のための変化」を拒否する姿勢を打ち出している。動きが遅いのではない。慎重に動くのだ。

これはいい指摘ですね。たとえば、法人登記しました、PC何台あります、何それのSCMとEDIがあって、CRMはなにそれで全体はERPでどうこうできます、という企業環境がいくつあったところで、業界で秀でた企業なんて数社生まれればよい方なわけで。肝心なのは事業そのものである!と。同じ車なら、運転能力のうまい下手がはっきりわかります。高級車で運転が下手な人って路上ではバカにされますな。
ただ、私がこの書籍で一番おおと思ったのは、生産性向上と経済成長率の関係。

P.186

 ITへの重点的な投資は、経済学者が「資本の深化」と呼ぶ現象を企業の内部に引き起こした。先発のインフラ技術にも当てはまるのだが、機械類が人間の労働に取って代わったのだ。つまり、かつての人間の仕事を、コンピュータが処理するようになったのである。経済が力強く成長しているときには、生産高が生産性の上昇率を上回って成長している。経済成長期には、こうした労働力のトレードオフが、個々の企業ばかりか、経済・社会全般の利益になる。商業セクターでは、着実に効率化が進む。余った労働者は迅速に新しい職場へ移る。そして、生活水準は全般的に向上する。
 しかし、生産性の上昇率が経済成長率を上回れば、先の例とはまったく異なる展開になり、寒々とした経済状況が繰り広げられる可能性がある。雇用ストックの縮小が始まることで、失業率が上昇するかもしれない。商品の供給が需要を上回ることで、物価が下落するかもしれない。貧富の差がさらに広がり、社会の溝が深まるかもしれない。最近の米国経済の流れに、こうした現象の予兆があることは見逃せない。確かに「ITへの投資による生産性の大幅な上昇は、利益だけでなく害ももたらす」というような結論を一足飛びに出すことは軽率すぎる。米国経済の弾力性は、いくら強調しても足りないほどだ。しかし、害をもたらしうるという可能性を頭から否定することも、早計に過ぎる。

「生産性の上昇率が経済成長率を上回れば……」という仮定が成り立ちうるということに、いまさら気づいた自分の無知っぷりをいまさら恥じるものであります。生産性の向上が錦の御旗になるわけでもない(だって自ら収益逓減に向かいかねないし)って、いまさら気づいてどうすんだ!